村上龍著「愛と幻想のファシズム」より

 

「危機が生じると、弱者がくっきりと浮かび上がるもんだ」

 

本当は人間には何の欲望もない。対象があるために欲望が発生するだけだ。もし、欲望の充足、つまり自らの欲望の消去、または消去の過程を、快楽と呼ぶのならば、グリズリーは、永遠の快楽と共に在るということになる。

 

俺は結局撃たなかった。そのグリズリーを中心とした完璧な世界の中で、自分のことを余計なものだと感じた。そんなことは初めてだった。ライフルを下げている自分をみじめだと思った。ライフルがなぜ必要かがわかった。人間はあまりにも不完全で、快楽の森林からはっきりと拒絶されているために、ライフルが必要なのだ。

 

 

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